旧常磐炭砿KK砿員の縦断調査研究 1958〜
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炭砿労働者の閉山離職とキャリアの再結成合理化過程における切羽賃金形態の変貌-2

合理化過程における切羽賃金形態の変貌

 

(一部省略)

ただいっておきたいことは炭砿社会というものはひとつの人為的な生活共同体であって、地域社会のように自然的な生活共同体ではないということである。もちろん地域社会にしても、その住民が行動する人間である以上、たんなる自然的共同体というものはなく、なんらかの意味で人為的であることはまぬかれないけれども、そこでは炭砿地域社会のように、住居、仕事、統制機構、コミュニケーション等々の共同社会のもつさまざまな要素が人為的に仕組まれてはいないのである。これは炭砿社会における住居形式が炭砿住宅(略して炭住)という給与住宅の一種であることのひとつを考えても自ずから明らかなことである。後でみるように炭住の世界においては世話所のもつ機能は大きく、それが会社の労務機構の末端に位置しながらも、同時に炭坑住宅およびそこでの家族の生活のすべてにわたって絶大な統制力をもっているからである。こはれ炭砿企業が、かつて資本主義的経営としての機構がいまだ確立していなかった当時は、その労働力の募集や管理・補充はすべて飯場(納屋制度)に委ねられていたという歴史的経緯にもとづくのであるが、炭鉱経営の近代化・合理化のすすむにつれて、この種の中間搾取的な飯場制は廃止されて会社の直轄制度として労務および生活の管理に当たる世話所の設置をみるにいたった(常磐炭砿では大正13年)。これは炭砿社会においては画期的なことがらであったのであるが、同時にそうした背後に、飯場的色彩の揺曳はまぬかれない。そしてこれはたんに炭砿社会のみならず、ひろくいって日本の鉱業経営の労務管理のひとつの特色といってよいであろう。

こうした社会の裡に炭砿労働者は、さきに述べた給与住宅としての炭住の裡に家族生活を営んでいるのである。これは福利厚生施設の一面と生産施設の一面をもつという意味できわめて人為的であり、これが世話所の区長の管理の下におかれるという意味からも普通の住宅の下に営まれる家族生活とはいちじるしく異なったものとなる。したがって、ここでの家族の形態が住居の関係から、いわゆる核家族として、近代家族の形態を多くの場合とるとしてもそれは現代の都会のサラリーマン家族の核家族とは意味的に異なったものであり、それが労働力確保を最大の目的とする炭住の裡に営まれているかぎり、企業体―世話所―炭住―炭砿家族という系列の下に外部社会とは一応切り離された家族生活が営まれているのである。近隣関係とその他生活様式等々まさに炭住家族の生活の特質については本論の分析にゆずる。

元来この報告書は「炭砿と地域社会」のモノグラフ作製を根本的に意図したものである。すなわちある理論を事実によって検証しようという意図ははじめから持っておらず、在るがままの事実を主観を交えずに在るがままに認識、記述しようと目論んできたものである。したがってこの種の報告からの社会学的法則を期待するものにとっては、やや空しい感慨をもつとしても、それは止むを得ない。

しかし弁解ではないが、われわれの周囲には日本の社会を対象としたこの種のモノグラフがさらにさらに多く累積されねば日本の社会学自体が、逞しく育ってゆかないと思う。

なおこのモノグラフの作製に当たっては、参加、執筆者としては、武田良三、近江哲男、外木典夫、星川 進、荻村昭典、秋元律郎、佐藤慶幸、萩原一義、河津哲也、山本力也、橋本梁司、有吉広介、下田直春、柳井道夫、柳(大野) 洋子、正岡寛司、田中滋子、(以上17名)、参加、協力者としては、佐口 卓、岩崎隆治、森 一夫、吉村鉄之助、庄内正文、広瀬洋子、池知良一、山口由昭、吉川栄一、岸田尚友の諸君が、そして、実際のインタヴューの仕事にはこれらの人々のほかに早大大学院社会学専攻の学生、および学部学生諸君が多数参加してこの研究に寄与してくれた。


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